ポストGDPRの広告運用を考える:Programmatic Pioneers Summit 2018イベントレポート

ポストGDPRの広告運用を考える:Programmatic Pioneers Summit 2018イベントレポート

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プログラマティック広告に関するカンファレンス「Programmatic Pioneers Summit」が、2018年5月16日から17日の2日間にわたり、英国の首都ロンドン市で開催されました。

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会場はHilton Canary Wharf。ロンドン東部にある大規模ウォーターフロント再開発地域のCanary Wharf(カナリーワーフ)に位置するこの会場に、プログラマティック広告に関する最新情報を求めてヨーロッパ中から関係者が集まってきます。

会場のHilton Canary Wharf

2日間にわたって10以上のテーマに関するセッションが行われ、その形式もキーノートやパネルディスカッションだけでなく、ワークショップ形式や少人数制のラウンドテーブルなどインタラクティブなものも数多く用意されていました。

筆者は10以上のセッションに参加しましたが、どのセッションにおいてもGDPR(General Data Protection Regulation/欧州一般データ保護規則)が必ず話題に上がっていました。カンファレンスの開催地がロンドンであることはもちろん、開催期間がGDPRの施行直前ということも影響していたかと思います。

本カンファレンスを通して、GDPR施行後(ポストGDPR)のプログラマティック広告の世界がどのようになっていくのか、GDPRをきっかけに世界の広告主や代理店はどのようにユーザーと向き合っていくべきかということについて、筆者が感じたことを実際のセッションの内容も交えながらご紹介していければと思います。

ネット広告産業に影響を与える用語の定義

GDPRの詳細については日本でも様々なメディアで取り上げられておりますので本記事では割愛しますが、IABは以下のように概要を説明しています。

The GDPR establishes new requirements on companies that collect, use, and share data about EU citizens. As of May 25 2018, all companies handling data of EU citizens must adhere to these new data privacy and security measures, regardless of whether the organization is located within the EU or not. Companies that fail to comply with these new rules could be subject to fines as high as 4% of annual global revenue.

GDPRは、EU市民のデータを収集、活用、共有する企業に対して新たな要件を定めています。2018年5月25日に、EU市民のデータを扱っているすべての企業は、その組織がEU内外に設置されているに関わらず、新たなデータプライバシーや安全対策を遵守しなければなりません。これらの新しいルールを遵守しない企業は、グローバルでの年間売上の4%に相当する罰金を科される可能性があります。

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GDPR施行以前もEU市民のプライバシー保護を目的としたEU Data Protection Directive(EUデータ保護指令、以下DPD)が存在しましたが、施行されたのが1995年ということもあり、現在のユーザー環境においても個人情報保護を実現できるようGDPRに置き換えられたかたちとなります。

このため、用語の定義もより詳細に修正(もしくは追加)されており、なかでも以下で紹介する3つがネット広告業界に与える影響は大きいといいます。

ひとつは、対象となる個人データにIPアドレスやCookie IDが含まれるようになることです。これまでは名前やEメールアドレス、電話番号、住所などが個人データとして定義されていましたが、識別できるもしくは識別可能なデータはすべて個人データに含まれるようになります。

次に、個人データ利用の合意形成に対する高い水準です。GDPRでは「by a statement or by a clear affirmative action(声明もしくは明白で積極的なアクション)」を通してユーザーの「unambiguous(明確な)」な意思表示を得ることを合意の条件としており、これらの文言がなかったDPDと比較して厳格化されています。この条件に照らし合わせると、チェックボックスにもともとチェックがしてあるオプトアウトモデルは合意とみなされない可能性が非常に高いです。

最後に、新しいコンセプトとして「Profiling(プロファイリング)」が紹介されている点です。具体的には、ユーザーの仕事でのパフォーマンスや経済状況、健康状態、個人的趣向、興味、信頼性、ふるまい、場所や移動等を分析、予測するための自動化された処理がこれにあたります。広告のターゲットとするオーディエンスデータを個人データを基に作成することも該当し、これらのプロファイリングについてユーザーは企業に対して反対を訴えることができます。

パーソナライズドからコンテクスチュアルへの揺り戻し

上記で説明した通り、個人データの定義がIPアドレスやCookie IDにまで拡大し、かつ個人データ利用のための合意形成のハードルが高くなるため、企業が広告配信に活用できる個人データは減少することが考えられます。そしてこれに関連して、「コンテクスチュアル」という単語が複数のセッションで頻繁に登場しました。

「How to leverage data, innovation and technology to make your creative campaigns even more meaningful and relevant to your customers」の様子

GrapeshotでEMEA部門の部長を務めるRichard Sharp氏(以下Richard氏、写真一番左)は「How to leverage data, innovation and technology to make your creative campaigns even more meaningful and relevant to your customers」と題されたパネルディスカッションの中で、「ポストGDPRはコンテキストとメッセージが重要」ということを強調していました。

もちろんGrapeshotがコンテクスチュアルターゲティングを専門領域としている側面はあるかと思いますが、個人データ取得のハードルが高くなるポストGDPRにおいて、リターゲティングキャンペーンやユーザーのページ閲覧履歴に基づくダイナミック広告への依存は一定のリスクを伴うことが考えられるため、Richard氏の発言は非常に的を得ていると感じました。

参考:

Microsoft UKでCMOを務めるScott Allen氏(以下Scott氏)によるキーノート「The CMO Perspective: What is the future of digital media advertising and what role does programmatic have to play in driving it?」においてもパーソナライズドからコンテクスチュアルへの揺り戻しに関する内容が触れられていました。

「The CMO Perspective: What is the future of digital media advertising and what role does programmatic have to play in driving it?」の様子

AIの活用によって、適切なデータセットがあればより高度なパーソナライゼーションを実現することが可能である一方、過度なパーソナライゼーションはユーザー体験を損ねる可能性もあり、マーケターは「線引き」をする必要があるといいます。

Scott氏は、GDPRはこの「線引き」を考え直す素晴らしい機会だと捉えており、ある意味コンテクスチュアルターゲティングが程よいパーソナライゼーションになり得ると考えているとのことです。「Personalisation doesn’t have to feel excessively personal – It can be contextual(パーソナライゼーションは過度に個人に立ち入る必要はなく、コンテクスチュアルもパーソナライゼーションになり得る)」というメッセージが印象的でした。

3rd Partyデータから2nd・1st Partyデータへ

広告主(1st Party)やパブリッシャー(2nd Party)はユーザーと直接関係を持つため、自社ユーザーのデータを保有することが可能です。一方で、提携先のWebサイト等を通してデータを取得している例えばパブリックDMP(3rd Party)は、該当のWebサイト上でユーザーが個人データの提供を拒否した場合、ある意味そこでユーザーとの関係性は断たれます。

このため、GDPRの施行により3rd Partyが保有するデータは減少することが見込まれ、それは同時に広告主が広告配信に利用できる3rd Partyデータが減少することを意味します。こういった議論がされるなか、1st Partyデータの重要性が高まるのはもちろん、2nd Partyデータを持つパブリッシャーにも注目が集まっていました。

「Breaking the duopoly of Google and Facebook: How can industry find new partners to avoid 100% reliance on them?」の様子

「Breaking the duopoly of Google and Facebook: How can industry find new partners to avoid 100% reliance on them?」と題されたパネルディスカッションのなかで、GoogleとFacebook以外の選択肢はあるのかという質問がモデレーターからあり、Zenithでデジタル・イノベーション部門のグローバル責任者を務めるBenoit Cacheux氏(以下Benoit氏、写真右から2番目)は、2nd Partyデータを持つパブリッシャーが選択肢となり得ると答えていました。

Benoit氏は、GDPRはデータセットについて考え直すいい機会と捉えており、活用できるデータセットが変化していくなかで新たな勝ちパターンを見つけていく必要があるといいます。2nd Partyデータを持つパブリッシャーにBenoit氏が着目するのも頷けるかと思います。

その他、GoogleとFacebook以外の選択肢としてAmazonやブランデッドコンテンツが例として上げられていましたが、良質なデータセットを保有するプラットフォームとコンテクスト重視の施策というところがポストGDPRの世界を端的に表していると感じました。

ユーザー体験は向上するのか

2nd Partyデータを持っているという点で注目を集めるパブリッシャーですが、ユーザー体験という観点で彼らも苦悩している部分があるようです。

「The coalition for better ads: How can we guarantee our customers a better online ad experience?」の様子

「The coalition for better ads: How can we guarantee our customers a better online ad experience?」と題されたパネルディスカッションのなかで、モデレーターから「GDPRがユーザー体験に与えるインパクトは?」という質問がスピーカーに投げかけられました。

Condé Nastでプログラマティックアカウントディレクターを務めるAdam Chorley氏(写真左から3番目)は、個人データ利用の合意取得がユーザー体験を損ねることを危惧しており、シームレスな体験を提供できるような工夫が必要になってくるといいます。

以下は英国のパブリッシャーThe independentのWebサイトをモバイルで訪問した際のスクリーンショットですが、画面の半分以上を個人データ利用に関する説明と合意ボタン「I accept」が占め、このままの状態でコンテンツを閲覧するのは難しいことが想像できるかと思います。GDPR対策としては理にかなっていますが、ユーザー体験といかにバランスを取っていくかが今後の大きな課題となりそうです。

The independentのWebサイト トップページ(モバイル)

CNNでプログラマティックのグローバル責任者を務めるBen Hancock氏(写真右から2番目)は、GDPRによってパーソナライズドからコンテクスチュアルへの揺り戻しが起こるという前提に立ったうえで、 ユーザーがコンテンツに関連性のない広告を見る機会が減ることはユーザー体験にプラスに働くとGDPRをポジティブに捉えていました。

一方で、モバイル広告プラットフォームを提供するFyberでマーケティングならびに企業戦略SVPを務めるYoni Argaman氏(以下Yoni氏、写真左から2番目)は、ユーザー体験の質を低下させるとしてGDPRに強く反対していました。Yoni氏曰く、ユーザーに関連性のある広告配信を可能にするパーソナライゼーションはユーザー体験の向上に一定の貢献を果たしており、2018年になってこれが難しくなるのは時代遅れだとのことです。

ユーザーはCookieではなく人である

最後に、CARATの最高デジタル責任者James Harris氏(以下James氏)のセッションを紹介します。「Is the market asking for a new agency model?: How to innovate your approach to remain competitive in a crowded marketplace」と題された本セッションで、James氏はプログラマティック広告との向き合い方に関する興味深い考えを述べていました。

「Is the market asking for a new agency model?: How to innovate your approach to remain competitive in a crowded marketplace」の様子

James氏は、そもそもユーザーはCookieではなく人であることに触れ、このCookieのデータを活用したパーソナライゼーションに傾倒することに否定的な見方を示していました。そして、パーソナライゼーションではなく、Context(文脈)、Content(コンテンツ)、Relevance(関連性)が重要であることを強調します。

さらにJames氏は、プログラマティック広告に依存するあまりクリックやCPMといった指標に振り回され、エージェンシーの担当者が本来の目的を見失ってしまうことに触れ、目的を達成するための手段としてプログラマティック広告が適正かどうか、適正な場合は定常的(Always on)である必要があるか再考すべきといいます。

マーケティングそのものを見直す機会に

ここまで紹介してきた内容を踏まえて、GDPRがプログラマティック広告のエコシステムに与える影響を想像いただけたかと思います。コンテクスチュアルターゲティングが再び脚光を浴び、2nd・1st Partyデータの重要性はさらに高まることが予想されますし、個人データ利用に関する透明性が担保されることで、結果的にユーザー体験も向上するかもしれません。セッションに登壇したスピーカーたちはGDPRに向けた準備に翻弄されながらも、施行後の影響を必死に模索している様子が見て取れました。

パブリッシャーの中では、早速新しい取り組みも始まっているようです。News UK、The Telegraph、Guardian News&Mediaの3社は、2018年6月20日に共同オーディエンスプラットフォーム「The Ozone Projecet」を発表しました。現段階ではまだアルファ版とのことですが、パブリッシャーの保有する2nd Partyデータを広告主やエージェンシーに提供する取り組みです。

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GDPRの対象となる日本企業はあまり多くはないかもしれませんが、対岸の火事として捉えず、これを機会にマーケティングそのものを見直すことが大切かもしれません。広告の配信手法としてパーソナライゼーションに依存しすぎていないか。1st Partyデータをマーケティングに活用できているのか。広告配信に活用している3rd Partyデータはどこから取得されたものか。パブリッシャーであれば、広告主や代理店に2nd Partyデータを提供できる下地はあるのか。一度自問自答してみる価値はあるかと思います。

CARATのJames氏がいう通り、ユーザーはCookieではなく人であるということを再認識し、「誰に」「何を」伝えたいのか、その伝えたい相手はどこにいるどんな人なのかということを考え施策に落とし込むということと真摯に向き合っていくことが、その最初の一歩なのではないかと思います。

GDPRが施行されてからようやく1カ月が経ったばかりというところですが、今後明らかになってくる影響も多々あると思いますので、引き続き最新の情報にキャッチアップしていきたいと思います!

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