機械学習が進む今、広告運用者に必要なスキルとは:クリエイティブと向き合う 第1回:CRAFT 辻井良太さんに聞く

機械学習が進む今、広告運用者が生き残るために必要なスキルとは:クリエイティブと向き合う 第1回:CRAFT 辻井良太さんに聞く

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『クリエイティブと向き合う』連載の趣旨

各広告プラットフォームにおける機械学習の活用が進んだ結果、これまで広告運用者が調整していた「入札」や「ターゲティング」の自動化が標準的なものとなっています。

一方で、広告の「クリエイティブ」に関しては、レスポンシブフォーマットが主流となってはいるものの、アセットそのものの自動生成は過渡期にあり、入札やターゲティングと比較するとコントロールできる余地が大きい領域です。それは、クリエイティブが広告パフォーマンスに与える影響が相対的に大きくなっていることを意味します。

そこで本連載では、識者との対談を通じて、運用型広告の領域でも重要性が増しているクリエイティブに広告運用者、ひいてはマーケターがどう向き合っていくべきかを考えていきます。

 

今回の話し手:CRAFT株式会社の辻井良太さん

第1回となる今回は、2022年11月に『ネット広告クリエイティブ“打ち手”大全』を出版された辻井良太さんに「広告運用者は広告クリエイティブとどのように付き合うべきか」について、お話を伺いました。

話し手: CRAFT株式会社 代表取締役 辻井良太さん
聞き手: アタラ合同会社 マネージャー/コンサルタント 高瀬優

 

細かいハックよりもクリエイティブが大切な時代が来ると確信して執筆を開始

高瀬:まず自己紹介をお願いします。

辻井:2008年に株式会社ロックオン(現:株式会社イルグルム)に入社し、リスティング広告の自動入札ツールのコンサルタントを経て、2013年に入社したアナグラム株式会社で広告運用のアカウント設計や広告文、手動入札の技術を学びました。

高瀬:アナグラムさんが今ほどの規模ではない時代ですよね。

辻井:はい。入社時は社員が僕のほかに3人しかおらず、退職したときは20人ほどだったと思います。アナグラム時代にディスプレイ広告で成功した経験がいくつかあり、ディスプレイ広告に特化した運用型広告の代理店を作りたいと思い、2016年にCRAFT株式会社を設立しました。

代表兼コンサルタントとして、僕自身も広告運用をやりながら組織運営を行っています。

高瀬:辻井さんのお名前は、これまでに出版された書籍でも存じ上げていたので、今回このような機会をいただくことができ嬉しいです。ありがとうございます。

辻井:こちらこそ、ありがとうございます。

高瀬:今回、出版された書籍『ネット広告クリエイティブ“打ち手”大全』の概要と、なぜ今この書籍を書かれたのか、出版の背景を教えていただけますか。

 

辻井良太、宝田大樹『ネット広告クリエイティブ“打ち手”大全』(インプレス)

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辻井:『ネット広告クリエイティブ“打ち手”大全』は、クリエイティブの書籍ではありますが、広告運用者に読んでもらいたいと思って書きました。デザインやコピーライティングの詳しい内容ではなく、広告運用における実践的なデザインやコピーライティングについて抜き出して書いています。マーケティングや数字に興味があるデザイナー向けの内容でもあります。

出版の背景として、5年前に『ネット広告運用“打ち手”大全』という書籍を出させていただいたのですが、当時からFacebook広告はターゲティングや運用というより、クリエイティブで成果が決まると感じていました。近年では、Google 広告やYDA(Yahoo! ディスプレイ広告[運用型])などでも、細かなターゲティングの設定や媒体の機能ハック的なことができなくなってきて、Facebook広告と同様の傾向になりつつあると感じています。そこで、今このタイミングでクリエイティブの書籍を出そうと思ったんです。

高瀬:『ネット広告クリエイティブ“打ち手”大全』を出された5年前に、Facebook広告をきっかけに運用型広告におけるクリエイティブの重要性を感じていたのですね。

辻井:はい。一方で、当社はGDN(Google ディスプレイネットワーク)広告の運用を得意としているのですが、独自の方法を駆使することで、ほかの代理店ではうまくいかないような案件でも、高いコンバージョン率が出せたんです。現在もそうした方法は使えますが、GoogleからP-MAX キャンペーンが提供され、何も設定しなくても、それなりの成果が出せるようになってきています。これまで広告運用者は、細かいターゲティング設定や媒体の機能を使いこなすことを重視していましたが、この流れでいくと、あと数年で広告運用者は何も設定する必要がなくなります。クリエイティブだけで成果が決まるようになると思っています。

これまでクリエイティブの練習をしていない広告運用者が、急にクリエイティブを作れと言われても、使う頭がまったく違う。時代の波に乗っていけなくなると思ったんです。「完全にクリエイティブ勝負の時代になる前に少しずつ練習していこうよ」という思いで、2020年の7月から書き始めていました。

高瀬:かなり早いタイミングで書き始めていたんですね。

辻井:はい。もう少し早く出したかったのですが、さまざまな事情があり、今回やっと出版できました。

高瀬:確かに、P-MAX キャンペーンの登場は、かなり印象的でした。トラッキング自体が難しくなってきていることも背景にあると思うのですが、機械学習の加速でプラットフォーム側のブラックボックス化が進み、ターゲティングも設定を変更できなくなりつつある中で、広告運用者がインプットできるクリエイティブは重要になってきたと感じます。一人の広告運用者として、先ほどのお話には非常に共感できます。

辻井:みんなクリエイティブは大事だと言いますが、クリエイティブの練習って難しいですよね。

高瀬:難しいと思います。いきなりやれと言われても「え、どうやればいいんだ?」みたいな。

辻井:しかも5~10年前くらいから活躍している広告運用者って、検索を中心に運用してきたような方が多いと思うんです。キーワードに対して適切な答えを出す検索では、ある程度正解があるため取り組みやすいと思いますが、検索から急にディスプレイ広告用のクリエイティブを作れと言われても、どうすればよいのかまったく分からないと思うんです。そうした運用者に向けた指南書はこれまで無かったので、取り組みやすいようにやるべきことを型化して「まずはこれから始めてください」という内容をまとめています。

高瀬:まさに、おっしゃっていただいた内容の書籍ですね。「何からやればいいの?」という人は、これを読めば分かると思います。

辻井:はい。一度実践してもらえればと思います。

高瀬:運用型広告の運用者は必読の1冊です! まだ読まれていない方は、ぜひ購入してください。

 

ペルソナ設定は細かすぎないほうがクリエイティブの幅が広がる

高瀬:クリエイティブ作成では、キャッチコピーやデザイン、写真やイラストなど、いろいろな要素がありますが、まずは誰に向けて配信するのかというペルソナ設計が重要だと思うんです。ペルソナ設計については、この書籍の38ページ「ペルソナの理解こそクリエイティブの要諦」の章でも触れていらっしゃいますが、より高い精度でペルソナを設計するために運用者が心掛けるとよいことはなんでしょうか。

辻井:精度の定義にもよりますが、ペルソナを細かく設定しすぎる必要はないと思っています。「ペルソナをちゃんと決めましょう」「ペルソナづくりに時間をかけましょう」ではなく、本来の目的は、その後のアウトプットの質を上げ、数を増やすことですから。実は、僕のペルソナ設定もざっくりです。

高瀬:そうなんですね。

辻井:「こんなことに悩んでる◯十代男性/女性」のような、ざっくりした設定です。その上で、クリエイティブのバリエーションをたくさん出すほうに重点を置いています。

ただ、ざっくりとした設定のペルソナをつくる場合でも、いろいろな人の気持ちになれることが重要なので、普段から雑談で「こんな商品買った」とか「なんで買おうと思ったの?」とか意識して話すようにしています。もはや職業病かもしれませんね。

また、例えば老人ホームの集客を依頼されたときなど、僕の世代だとまだよく分からないことが多い商材を扱う際には、とにかくペルソナに近い人にヒアリングを重ねるようにしています。

高瀬:運用者というくくりを超えて、マーケターに近い部分がありますね。

辻井:はい。

高瀬:いろいろなことに興味を持ち、ほかの人の気持ちになってみる。日常生活の中で、実際にペルソナに近い状況の人がいたら話を聞いてみる、ということですね。

辻井:そうですね。ありきたりかもしれませんが。

高瀬:ちなみに、広告主とペルソナについてディスカッションはしますか。

辻井:はい。実際のお客さまのレビューデータをもとにしたペルソナ設定について、よくディスカッションをします。今獲得できている層のほかにも、こんな人がいるという見込み顧客層を見つけ、次に狙っていきましょう、といった話です。レビューが全てデータで見られる場合はよいのですが、紙や社内のデータベースにしか入ってないパターンも多いです。そうしたデータも全ていただいて、目を通します。

高瀬:広告主が、実はデータを持っているにもかかわらず有効活用されていない、というパターンは多いですよね。ここをヒアリングで引き出すんですね。

辻井:そうですね。広告主自身がユーザーのニーズを理解しきれていないことはよくあるので、ユーザーの生の声を確認することが重要と思っています。

高瀬:その上で、クリエイティブの幅を持たせるためにも、あまりペルソナを細かく設定しすぎないということでしょうか。

辻井:そうですね。細かく決めすぎると逆に案が出づらくなるんですよね。

高瀬:確かにそうですよね。

辻井:設定が細かいと、ペルソナの抱える課題を考えていても「でも、このペルソナはこういう性格だから違うよね?」というように案が出てきにくく、ブレストにならないんです。当社ではクリエイティブの案出しのためによくブレストをするんですが、ペルソナ設定に自由度を持たせたほうが話が広がり、うまくいきます。

 

汎用的なキャッチコピーの考え方

高瀬:書籍の中で、キャッチコピーの型をいくつか紹介されてますよね。クリエイティブの幅を広げるために、ペルソナ設定に自由度を持たせる話にもつながりますが、キャッチコピーをつくるときに心掛けていることはなんですか。

辻井:キャッチコピーの型については、すぐに実践できる具体的な方法を書かせていただきました。「シンプルにベネフィットを伝える」「ユーザーの気持ちを代弁する」といった、表現方法の手前の大きな型です。表現方法の型について細かくいえば、数字を使うとか、体言止めがいいとか、もっとたくさんあると思っています。僕は、細かい表現方法を考えるフェーズにきたら、神田昌典さんの著書でキャッチコピーの2000の型が載っている『売れるコピーライティング単語帖』を参考にしています。

 

神田昌典、衣田順一『売れるコピーライティング単語帖』(SBクリエイティブ)

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売れるコピーライティング単語帖

 

これは書籍の中でも書いていないのですが、キャッチコピーをつくる際に前提として意識していることは、ペルソナとなるユーザーが一番喜ぶタイミング、シーンってどこだろう、と想像しながら書くことです。通販だったら、買った後にメールが届いて、その後、宅配便が来て、箱を受け取り、開いて、商品を実際に使ってみて、例えばサプリメントであればサプリメントを飲んだときの感想と、飲んだ後の効果と、いろいろなフェーズに分かれるじゃないですか。どのタイミングでユーザーは一番喜ぶだろう?と。この考え方は『ここらで広告コピーの本当の話をします。』という書籍を参考にしていて、書籍の中では「商品があることによる喜びMAX」と表現されています。

高瀬:ああ、いいですね。

辻井:実は、サプリメントを飲んだ後の効果を実感したときよりも、意外と商品が届いて箱を開けた瞬間のほうが、クリエイティブの反応がすごくいいんです。そこが「喜びMAX」なんじゃないかと。その「喜びMAX」のシーンを切り取って、キャッチコピーやクリエイティブを考えるんです。

逆に、表現的にはネガティブな訴求ですが、ユーザーがどういうときに、どういう悩みを持っているか、一番悲しむ「悲しみMAX」なポイントも考えます。何を伝えると、悲しみを思い出して行動してくれるか、商品がないことによって起こる悲しみですね。

こうした考え方も『ここらで広告コピーの本当の話をします。』という書籍を参考にしています。

 

小霜和也『ここらで広告コピーの本当の話をします。』(宣伝会議)

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ここらで広告コピーの本当の話をします。

 

高瀬:小霜さんの著書ですね。

辻井:はい。書籍に出てくる「喜びMAX」と「悲しみMAX」という表現が汎用的でよく使わせていただいているんです。

高瀬:この書籍は僕も持っています。

辻井:名著ですよね。

高瀬:はい。小霜さんにもインタビューさせていただいたことがあります。

 

※参考サイト

 

辻井:すごいですね。これは本当に良い本だと思います。非常に汎用的なルールが書かれています。

僕が書いた6個の型は、結局「喜びMAX」や「悲しみMAX」をどう表現するかの話でしかないので、大前提として何を入れるかについては、この書籍を参考にしています。小霜さんの「喜びMAX」「悲しみMAX」は、かなり昔に学んだ考え方ですが、いつも使っていて染み付いています。

高瀬:先ほどの神田さんと小霜さんの書籍と、この『ネット広告クリエイティブ“打ち手”大全』を持っていれば、もうばっちりっていう感じですね。

辻井:そうですね、はい。もう怖いものはないと思います。

 

広告運用者はどこまでクリエイティブ制作に関わるべきか

高瀬:次に、書籍でも少し書かれていましたが、クリエイティブ制作の領域に広告運用者はどこまで関わるべきなのかを伺いたいと思います。運用者によっては、もうそれこそ自分で作ってしまう方もいますが、その辺りについてはいかがですか。

辻井:それについては結構悩むんですけど、フェーズによる気がします。広告予算が100万円前後であれば、クリエイティブに掛けられる予算はそれほど多くないと思うんです。クリエイティブに5万円、10万円と掛けるよりも広告を多く出したいというフェーズのお客さまを相手にしているのであれば、そこまで高いクオリティのクリエイティブではなくてもよいので、運用者がクリエイティブまで作るほうが重宝されると思います。予算が大きな場合は逆で、デザイナーに依頼すべきです。

あとは、独立して間もないフリーランスの方であれば、なんでも幅広く対応できる人材を目指したほうがいいと思います。デザイナーさんがいる組織にいたり、外注してるデザイナーさんがいたりする状態であれば、クリエイティブを作るところまで目指さなくてもいいと思いますね。クリエイティブを作成できるスキルが、今後の運用者としてのキャリアにそれほど生きるとは思わないので、どういうクリエイティブを作るべきかを考えるスキルや、出てきたクリエイティブの良しあしを判断する目を養うほうが大事だと思います。

高瀬:つまり、実物を作るよりも「喜びMAX」や「悲しみMAX」の瞬間を想像して、キャッチコピーを考えたり、ノウハウや型を使ってディレクションできるスキルを広告運用者は共通で持つべき、ということですね。制作までやるかやらないかは、向き合っている広告主の予算や所属する会社によると。

辻井:そうですね。

高瀬:確かにそうかもしれません。ちなみに「出てきたクリエイティブの良しあしを判断できる目」というのは、勝ちパターンを知る、という意味でしょうか。

辻井:そうです。自分たちの勝ちパターンをたくさん見ておくことも大事ですし、競合のクリエイティブをチェックする癖をつけることも必要です。普段からSNSを使い、他社がどういうクリエイティブを出しているのかをチェックします。「このクリエイティブはいいな」とか「数字がよさそうだな」と思うものがあれば保存しておくとよいです。

当社でも、よさそうなクリエイティブを共有するスレッドをSlackに作って、みんなで共有しています。Instagramの女性のターゲットのクリエイティブなどは、男性だとなかなか見られませんし、スレッドで共有しておくと、いろいろなクリエイティブが見られて便利です。

高瀬:確かにそうですよね。

辻井:女性ターゲットの脱毛のクリエイティブなどはすごいですよ。お金をかけているので、良いクリエイティブが多いんです。そうしたノウハウを通販の広告に活用するんです。

高瀬:分かります。

辻井:とにかくクリエイティブに触れることが、クリエイティブを見る目を養う方法だと思います。

高瀬:社内でクリエイティブ共有用のコミュニケーションチャンネルを作る方法は、すごく良いやり方ですね。

一方で、Metaのブランドコンテンツ広告や、TikTokのSpark Adsでは、人気のクリエイターが作った投稿を広告として利用できる機能も出てきていますよね。特にTikTokではクリエイターに任せたほうが良いクリエイティブができるんじゃないか、という説もあると思うのですが、その辺りはどのようにお考えですか。

辻井:TikTokはまだですが、Instagramでは何度も活用したことがあります。優秀なインフルエンサーの方は、やはりクリエイティブを作るのがうまいですね。

そのクリエイティブが使えることはよいのですが、メリットとしてはクリエイティブのクオリティの高さだけという印象です。

インフルエンサーの人たちがフォロワーに対して発信する感覚で作られたクリエイティブは、うまいんですけど、新規の人たちに発信したときに、そこまで成果が出ないことが多いんですよね。結局、自分たちで作ったクリエイティブのほうが成果が出ることが多くて。現状では、使い道が難しい印象です。TikTokはまた違うのかもしれないですけどね。

フォロワーが100万人いるような有名人のクリエイティブを使えるのであればメリットはあるんですけど、フォロワーが数万人程度の場合、フォローしていない人にとっては知らない人のクリエイティブやアイコンが出てくるだけなので、メリットがあまりないんです。

高瀬:いわゆるマイクロインフルエンサーだと、フォロワーでない方からすると見知らぬアカウントの投稿が流れてくるだけの感覚になりそうですね。

辻井:はい。何度か試しましたが、自分たちで作ったクリエイティブのほうが、成果が出る印象です。

 

クリエイティブは機械学習にまだ勝てる

高瀬:次に、広告プラットフォームとの上手な付き合い方について伺えればと思います。クリエイティブに注力することの重要性の背景として、書籍の36ページで「機械学習は過去のデータをもとに未来を予測することは得意ですが、まったく新しい仮説を立てることは、少なくとも現時点では不得意」という話がありました。

一方で、最近ではGoogle 広告に分析情報のページが追加されましたよね。そこでクリエイティブに反応したオーディエンスセグメントを確認することができ、想定外のセグメントの反応があったことなども分かるようになりました。そうした結果から機械学習ベースで仮説をつくれるのではないかとも思うのですが、いかがでしょうか。

辻井:ターゲティングの仮説はつくれると思います。クリエイティブの仮説はつくれたとしても、おそらく精度が低い。ターゲティングの仮説とクリエイティブの仮説をたくさん出して、実際にたくさん配信して、検証して、効果のあるものを残していきましょう、というような方法であればうまくいくかもしれませんが、膨大な予算を使わないと成果にはたどりつかないのではないかと。「予算50万円で3回しか勝負できません」みたいな場合には役に立たないと思うんですよね。

高瀬:そうですね。

辻井:数千万円といった予算があり、数百パターンをテストできるのであれば、自動で新しいオーディエンスセグメントを持ってきて、クリエイティブのアセットも既存のものやWebサイトの情報、キャッチコピーなどを組み合わせて良いものを残す、といった方法が可能かもしれません。

高瀬:結局、機械学習って量がものをいう世界ですよね。そうなってくると、やはり予算規模によって活用できる広告主と、なかなか活用が難しい広告主に分かれそうですね。

辻井:そうですね。それでも、クリエイティブであればまだ勝てる。人がちゃんと考えたほうが、おそらく少ない予算で数字が出る気がします。

機械学習の元となるデータは既存のクリエイティブから生まれたもの。まったく新しい発想は人間からしか生まれない。(『ネット広告クリエイティブ“打ち手”大全』37ページより)

機械学習の元となるデータは既存のクリエイティブから生まれたもの。まったく新しい発想は人間からしか生まれない。(『ネット広告クリエイティブ“打ち手”大全』37ページより)

 

高瀬:確かに。

辻井:オーディエンスセグメントを出してくれるというのは、人が考えるやり方においてもヒントになると思うので、うまく使いながらクリエイティブを考えるといいかもしれないですね。

高瀬:人が仮説を考えるシグナルとして使う、みたいな。

辻井:そうですね。そういう使い方はすごく良いなと思います。

高瀬:P-MAX キャンペーンの話でも触れましたが、ターゲティングの自動化が進むと、ペルソナの想定者もある程度ふわっとしてきますよね。そうした場合に、どのようにクリエイティブの最適化を進めていくべきだと思いますか。

辻井:ターゲティングの自動化といった機能が拡張されると、クリエイティブに反応する層の偏りが出てくるんです。書籍にも出しましたが、完全栄養食の開発・販売を行うベースフード株式会社で例えると「子供の朝食に栄養満点パン」と「サラダチキンより高タンパク質」という2つのバナーを配信した場合、前者に反応する層と後者に反応する層では、性別などの属性や配信面までまったく違う結果になるんです。一部重なりはあるものの、それぞれのバナーでしか獲得できない配信面が出てきます。そこで僕らは、その異なる面で獲得できる可能性があるクリエイティブをどんどん生み出す方法をとっています。

ベースフード株式会社のBASE BREADのバナー例(『ネット広告クリエイティブ“打ち手"大全』19ページより)

ベースフード株式会社のBASE BREADのバナー例(『ネット広告クリエイティブ“打ち手”大全』19ページより)

 

カニバリの発生も、コンバージョン獲得の最大化につながりません。例えば「サラダチキンより高タンパク質」に対し、別の訴求で「たんぱく質27gのパン」といったクリエイティブを作っても、結局、どちらもたんぱく質を意識して取っている層からの獲得になってしまい、配信面も増やせません。「朝忙しくて時短したい人」や「コンビニランチの栄養に課題を感じている人」など、別のペルソナを想定してクリエイテイブを作ることで、今まで反応しなかった人のクリック・コンバージョンが増え、全体のコンバージョン数が純増していきます。

高瀬:なるほど。反応する層をクリエイティブ側でうまくコントロールして切り分ける感じですね。

辻井:そうですね。完全にはコントロールできないんですけど、クリエイティブである程度の傾向が見えてきます。既存のバナー群の中でPDCAを回しつつ、時短やコンビニランチなど、新しい訴求を別キャンペーン・別ランディングページで検証して、どんどん拡大していくイメージです。

これを一つのP-MAX キャンペーンに全部どんって入れてしまうと、次にどういう層を狙っていて、その結果として増えたかどうかの検証ができなくなってくると思います。

高瀬:はい。分からないと思います。

辻井:「P-MAX キャンペーンに全アセットを入れましょう」みたいな、ごちゃ混ぜにする今のやり方だと、僕は伸ばせないと思いますね。

高瀬:どの層に一番響いているのか、というところも含めてブラックボックス化していますよね。

辻井:そうなんですよね。

高瀬:予算コントロールができないことも課題だと思っています。

辻井:はい、おっしゃるとおりで、ペルソナ別でCPAやLTVが変わってくるのに予算をコントロールできないのも課題です。なので、キャンペーンや計測パラメータを分けて管理すべきかと思います。

高瀬:なるほど。あえて細分化するって感じですね。

辻井:そうですね。あまり細分化しすぎてもよくないですが、大きな群としては分けるべきだと思いますね。

高瀬:ありがとうございます。P-MAX キャンペーンの話にも関連するのですが、Google 広告のレスポンシブ検索広告やレスポンシブディスプレイ広告に「広告の有効性」という機能が追加されましたよね。この機能との上手な付き合い方についてもお聞きしたいです。例えば、レスポンシブ検索広告では、必ず見出しに表示したいアセットを固定する機能がありますが、固定してしまうと有効性が下がる傾向がありますよね。そのような場合、辻井さんはどうされますか。

辻井:正直、僕は無視しています。

高瀬:(笑)なるほど。

辻井:あの機能はCTR(Click Through Rate:クリック率)しか、ほぼ見ていないと思っています。CTRを上げるために広告配信してるわけではないので、まったく無視しています。

高瀬:ここは、運用者によって意見が分かれそうですね。

辻井:いや、うまくいったことがないです。初めは有効性が高いほうがいいのだろうと思い、何度も高くするようにやってみたんですけど、それでCPA(Cost per Acquisition:顧客獲得単価)を維持して拡大とか、CPAが下がる結果になったことがないので、もう無視しようと決めて、見ていないです。

高瀬:そもそも、その機能を使っていないということですね。

辻井:1行目を固定して、CVR(Conversion Rate:顧客転換率)重視で配信することが多いです。

高瀬:こういう、レスポンシブなフォーマットが、現在デフォルトになっていますよね。書籍の中でレクタングルの300×250のサイズから試していく、という話が書かれていますが、レスポンシブがデフォルトになっていく中で、クリエイティブフォーマットの最適化をどのように進めていくべきかをお聞きしたいです。

辻井:レスポンシブはやりづらいですよね。

高瀬:はい、やりづらいです。

辻井:まず、レスポンシブ検索広告の3本制限(※注)ををやめてほしいです。この制限のために検証が全然できないので。同じレスポンシブにいろいろな訴求を入れると、結局どれがいいのかが分かりづらく、有効性や量で判断しても数字がよくならない。もう3本の制限の中でとにかく固定して、アセットを1個しか入れないクリエイティブを作って検証して、といったことをやっていますが、やりづらいですね。

※注:「3本制限」有効なレスポンシブ検索広告の数は、広告グループごとに3つまでに制限されている。

ディスプレイ広告に関しては、僕たちの場合は、もう300×250で検証して、間違いないクリエイティブしかレスポンシブにしないので、レスポンシブで検証するということはあまりやらないですね。

高瀬:なるほど。先ほどの広告の有効性やレスポンシブのお話も含め、辻井さんはクリエイティブに関しては、どちらかというと、プラットフォーム推奨の機能にあらがう姿勢ですね。

辻井:もう完全にあらがっています。でも、やはり広告運用がうまくいかないので相談に乗ってほしいという企業のアカウントを見ると、全部レスポンシブにアセットを入れているだけだったりするんです。何も知らない人にとっては60点、80点くらいは取れるようになっているのかもしれませんが、100点は出せない。僕らであれば、100点を目指せるし、実際に成果を出せると思います。だから、細かくやる気がある人だったら、あまり推奨の機能は使わないほうがいいと思います。

高瀬:そうですね。有効性や最適化スコアなど、そこまで詳しくなくても平均点以上が出せる機能が増えていますよね。

辻井:そうした媒体のアップデートが過渡期だからこそ、運用者の介在価値があるのかもしれません。セカンドオピニオンじゃないですけど、全部言うことを聞いちゃいけない。

高瀬:こうした機能話は、運用者同士でも盛り上がりますよね。

辻井:(笑)はい。

 

クリエイティブ生成AIとの上手な付き合い方

高瀬:では、最後のテーマに移りたいと思います。最近ではAIがかなり実装フェーズに進み、クリエイティブの領域でも、AIで生成されたクリエイティブが急速に普及してきた印象です。例えば、MidjourneyやStable Diffusionなどが出てきています。さらに、画像生成AIに最適なディレクションをするためのテキストを作るツールなど、コピーや画像を自動で作れるようにもなっています。こうしたAIの広告クリエイティブ活用について、どのようにお考えですか。

辻井:先ほどの、ターゲティングで仮説の案を機械が出してくれる話と結構近いかもしれません。僕らの活用方法としては、AIのクリエイティブ設定で出力された画像を、ブレスト時の素材として使ったり、ラフ案として使ったりしています。

自分が思っている素材って、見つからないことが多いじゃないですか。「こんなイラストを使いたい」と思っても、僕はイラストを描けないし。その場合に、AIのクリエイティブで画像の組み合わせや背景を設定すると、まあまあイメージに近い画像が出てくるんです。AIで作った画像はクリエイティブの案や仮説の説明に使いやすいので、そうした活用方法は面白いと思います。

ただ、やはり細部が少し不自然になるなど、そのままの使用はまだ無理かなという印象です。それらの課題があと数年で解消されるかもしれませんが、現段階ではそのくらいの活用方法ですね。

高瀬:僕もStable Diffusionで「お寿司の絵を描いて」のような指令を出したんですが、ぱっと見はお寿司っぽいけれど、よく見ると見たことのない食べ物だったりして。細部の描写は、やはりまだ弱そうだなと感じました。

辻井:そうですよね。コピーライティングも、アイデアが浮かばないときのヒントをもらうような使い方はできると思いますけどね。それですごく良いコピーになるとはあまり思わないので、そのまま使うのはあまりお勧めしないです。

高瀬:直近では、アイデアの参考にするなど補助的な使い方がちょうどいいんじゃないか、というのが辻井さんの所感ですね。

辻井:そう思います。

高瀬:それこそGoogle 広告で、レスポンシブ検索広告のアセット自体を自動で生成する機能がじきにリリースされるようですが、辻井さんは使いますか。

辻井:いや、絶対に使わないです。

高瀬:(笑)分かっていて聞きました。

辻井:振りだと思いましたけど(笑)。僕はすでに、全案件で機能をオフにするようにしていて、当社の案件では全部自動アップデートがかからないようにしています。

高瀬:「こんな機能があるんだ」とは思いますが、実際に使ったことはないですね。

辻井:結局、コピーの内容はWebサイトをもとにしているので、そんなに新しいクリエイティブは生み出せないと思っています。

高瀬:あとは、成果の出ている既存のアセットなども参考にしていますね。これまでの実績や既存のコンテンツから引っ張ってきている感じですよね。

辻井:はい。

 

広告運用者が生き残りたければ撮影に関わるべき

高瀬:それでは最後の質問です。現時点は、AIが生成したクリエイティブをそのまま使うのは難しいというお話でしたが、今や入札もターゲティングも自動化され、残るはクリエイティブというところまできています。もし将来、キャッチコピーも含めたクリエイティブが自動的に作れてしまう時代がくると仮定して、広告運用者が今できることはなんでしょうか。

辻井:卒業ですね、もう。

高瀬:(笑)卒業ですか。

辻井:広告運用者、卒業です。その上で、良いプロダクトを作れるようになりたい人は、その方向に行くべきかなと思います。広告運用について話をしていますが、実は、僕は広告運用の仕事はなくなると思っているんです。それでプロダクトを作りたいと思い、実際に食品を作っているんですけど。

高瀬:作っているんですか!

辻井:はい。健康に良いお菓子を作り、2021年リリースしています。

高瀬:あ、リリースされているんですね。

辻井:はい。食物繊維がたくさん取れるクッキーを開発して、自社で製造販売し、自社サイトとAmazonでも販売しています。

高瀬:すごい!

辻井:つまり、良いプロダクトと良いアセットを作れば勝手に売れるようになるというのは間違いないので、良いプロダクトとアセットを作れるようになりましょうという感じなんですが、それだと皆さんにとっては、どうしようもないじゃないですか。

高瀬:そうですね、ちょっと、みんなどうしようって空を見上げてしまう。

辻井:はい。プロダクトを作ろうと思う人は少ないと思います。ですから、今後、クリエイティブが自動生成になっても広告運用者として生き残るのに必要なスキルは、写真撮影です。AIでの画像生成は一部あるかもしれないですけど、クリエイティブはやはり写真で数字が変わるので、撮影スキルは大事ですね。ただし、クリエイティブを自分で作れたほうがいいかという話と同じで、自分で撮る必要はないです。

高瀬:ディレクションできるということですね。

辻井:そうです。どういうカットがいいかを考えられるスキルですね。物撮りのような撮影や、コピーライティングといった役割は、なんだかんだで残ると思います。

商品写真撮影の様子。撮影現場で写真のディレクションができるスキルは今後も求められる。(『ネット広告クリエイティブ“打ち手”大全』135ページより)

 

あとは、分析からの仮説づくりは、機械でできる部分もあるかもしれませんが、人しかできない部分もあると思います。お客さまのレビューデータやヒアリングから仮説をつくるスキルを伸ばしていくと、今後の広告運用者の働きは、自動で生成された素材やGoogleなどの機能を活用するためのアシストといったものになっていくのではないでしょうか。

高瀬:事業会社のマーケターとコンサルティング会社を仲介する役割が広告運用者だと思うのですが、そこが自動化されると、どちらかに行くというキャリアはありかもしれないですね。事業者ではプロダクトを作る側とマーケターの道がありますし、自分ではプロダクトを作れない場合はコンサルタントとしてのキャリアという2パターンが考えられそうですね。

最近では、広告代理店もこれまでの代理事業以外にDX(デジタルトランスフォーメーション)支援などの事業を行っていますが、広いくくりではこの流れに合致しています。プロダクトを作るとなると腰が引けちゃう方もいると思いますが、プロダクトを作る事業会社のマーケターであれば可能性がありますよね。

辻井:そうですね。そのほかにも、キーワード挿入機能やエリア挿入機能といった媒体ならではの特殊な機能を把握して、うまく設定できる人は重宝されると思います。ただGoogleの言うことを聞いて、そのまま登録するのであればエリア挿入機能などは使えませんから。機能をきちんと理解して活用できる理系的な人材は今後も残る気がします。

高瀬:そうですね。全て自動化とはいいつつも、まだ人が介在する余地がある領域は完全にはなくならないと思います。大変面白かったです。ありがとうございました。

辻井:ありがとうございました。

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