プライベートエクスチェンジの重要性、そして媒体社の広告収益向上に必要なこと:DAC徳久昭彦さんに聞く

プライベートエクスチェンジの重要性、そして媒体社の広告収益向上に必要なこと:DAC徳久昭彦さんに聞く

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媒体社はテコ入れが必要

有園:一般の会社の2014年度がこの3月末で終了し、4月から2015年度という新たな年度を迎えます。

私の勝手な主観としては、2015年度から2020年度ぐらいまで、インターネット広告業界の重要なテーマの一つとして、媒体社のマネタイズ力のアップ、とくに、ブランディングに貢献できるインターネット媒体や広告メニューを育成し、そこから媒体社の収益が上がっていくようなビジネスモデルを確立していくことが大事になってくると感じています。なぜ2020年なのか?については、詳しくきょうは触れませんが、簡単にいうと、総務省がスマートテレビとスーパーハイビジョン放送を東京オリンピックに向けて普及させようとしていることで、テレビやインターネットを取り巻く環境が2020年以降に大きく変わる可能性があるためです。(参考資料(PDF)

さて、そこで、きょうは、日本のインターネット広告業界で15年以上にわたってアドテクノロジーを先頭に立って牽引し、アドテクノロジーにもっとも詳しい徳久昭彦さん(デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社の取締役 常務執行役員CMO)をゲストにお招きすることにしました。

インターネットの媒体社の収益モデルが最近、アドテクノロジーの影響で変わってきていると思っており、その辺のお話を伺います。最初に、御社はメディアレップと呼ばれる存在で、基本的には、メディアの収益なしでは御社の売り上げも増えていかないという立ち位置でお仕事をされていると思います。

徳久:そうですね。

有園:そんな中、ここ最近、RTBみたいなものが出てきて、アドテクノロジーと呼ばれるものが広告主を中心にサービス提供されるようになってきました。歴史的にみると、アドテクノロジーは、たとえば、アドサーバなど、媒体社向きのものがメインだったと思います。コインの裏表みたいなものなのでどっちもどっちだとは思うのですが、ここ5年ぐらいは広告主向けのアドテクノロジーが増えてきて、そろそろ、媒体社側が主体的にテコ入れをしなければならないのではないか?といった意識の芽生えが、2014年くらいからあるように思います。

徳久:ええ。

有園:僕の理解としては、徳久さんは、10年以上も前から日本のインターネット広告市場のテクノロジーを引っ張っておられます。御社は、いろいろなツールを持っていて、アドテク総合商社といっても過言ではない。日本一のアドテクソリューションベンダーです。

徳久:はい。そのように考えていただけると嬉しいです。

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プライベートエクスチェンジはすでに1年半やっている

有園: 2014年に電通さんがグーグルさんと組んで「プライベート・マーケットプレイス」と彼らは呼んでいますが、それを出してきました。2015年になり、Platform IDさんが同様のサービスをプログラマティック・ダイレクトと呼んで出してきました。これはいろいろな言葉がありますが、オートメーテッド・ギャランティード(Automated Guaranteed、以下AGと略)やアンリザーブド・フィクスド・レート(Unreserved Fixed Rate、以下UFRと略)みたいな領域の広告取引を始める流れが日本でも出てきています。(AGやUFRなどの詳細はこちら

実は御社も同じ領域のサービスをプライベートエクスチェンジと呼称して、2014年くらいからやっていると思いますが。

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徳久:実は、DACでは2013年の10月頃には同様のサービスの提供を開始しています。当初は、ある特定の広告主のご要望にお応えする形でスタートしたので、新たな商品という意識はありませんでした。僕らはDSP「MarketOne®」、SSP「YIELDONE®」、DMP「AudienceOne®」を持っているので、プライベートエクスチェンジを作る技術はすでに揃っていましたし。

有園:なるほど。

徳久:ある広告主を担当する代理店から、ブランドの毀損を防ぐため、出稿先を信頼できるメディアに絞りつつ、データを活用して高い広告効果も得たいというご相談を頂き、その広告主であれば、媒体社は通常オープンオークションには出さないような良い枠を提供してくれるという確信があったので交渉を始めたのがきっかけです。

有園: 2013年10月というと、1年以上やっていらっしゃるということでしょうか。

徳久:1年半くらいになりますね。プレスリリースとして発表はしていません。DACはメディアレップなので、媒体社の収益を最大化するということに細心の注意を払っています。プライベートエクスチェンジはしっかりと運用すれば、純広告と同様、もしくはそれ以上に収益を上げられるのですが、プレスリリースだけが先行して、媒体社の方々に誤解を与えるようなことはしたくありませんでした。広告主からのご要望に応じて、媒体社に個別にご説明してご理解頂くところからスタートし、徐々にここまで拡大してきたという感じですね。

有園:そういうことなんですね。

徳久:現在ではすでに500を超える案件の実績があります。僕らもある程度の自信をつけたので媒体社に積極的にアプローチを行うようになり、いまでは80社くらい入って頂いています。通常はいわゆるオープンオークションに在庫を出さない媒体社が、かなり含まれている状況ですね。

有園:はい。

徳久:アプローチとしては、どちらかというと純広告の枠をいただく形に近いです。DACはメディアレップとして純広告を売っている立場でもあるので、その前提を踏まえて純広告とプライベートエクスチェンジの両方を組み合わせることでより収益の安定化も図れるというご説明をしています。媒体ごとにしっかりとご説明を行いながら参加社数を増やしてきました。

有園:プライベートエクスチェンジというのはつまり、純広の枠を固定価格でプログラマティックに取引きする、ということでしょうか。

徳久:冒頭で有園さんも触れられたように、プライベートエクスチェンジには二種類あって、予め設定された在庫と単価で取引する「AG」と、予め設定された単価でリアルタイムの取引を行う「UFR」というものがあります。

先ほど申し上げた通り、DACのプライベートエクスチェンジは自社データを活用したい広告主の要望を受けて始めたものなので、UFRの形式からスタートしました。

在庫量は固定できませんが、価格を予め設定しておくことができるため、一般的なオープンオークションのRTBでは、CPM50円?100円程度になるところを、この形式では800円から1,000円といった価格帯で実施しています。純広の場合、CPM3,000円なんていう高額になるケースもありますが、それよりはかなり妥当な金額といえるのではないでしょうか。

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媒体社は枠を出すことで儲かるのか

有園:媒体社はそれで儲かっているのですか。

徳久:単価の面では儲かりますよね。当然。

有園:純広告と比較すると、どうでしょうか。

徳久:純広告の定価よりは安いものの実勢価格にはかなり近いです。純広告が定価で完売するケースは稀なので、併用することで、トータルでこれまでよりも儲かっているというケースはあると思います。いわゆる特定のオーディエンスが訪問したときだけ決まった価格で売る、さらに広告主が事前に分かっているとなれば、媒体社に値崩れやブランド毀損のリスクはほとんどありません。ただし、「その広告主が純広告で出稿している期間には実施しない」など媒体社によって一定のルールを設けています。

有園:「特定のオーディエンスが訪問してきたときだけ売る」というのは、会員制をしいていてユーザーの属性が把握できている、あるいはDMPを導入している媒体社でないとできないように思うのですが。その理解で正しいですか。

徳久:媒体社が持つ会員の属性情報を元に配信を行うケースもありますが、広告主のオウンドメディアに来ている人に類似したオーディエンスに配信するいわゆる「オーディエンス拡張」という場合もあります。僕らのDMP「AudienceOne®」はオーディエンス拡張やセグメンテーションができるのでそれを推奨していますが、DMPを導入していない媒体社は正確には分からないです。

有園:ということは、「AudienceOne®」などのDMPを広告主側が導入していて、特定のオーディエンスがたまたま、その媒体のインプレッションにあがってきたら、買い付けるということなんですね。

徳久:そういうことです。

有園:それでも儲かるってことですよね。媒体社から見ても。

徳久:DACグループのSSP経由の単価は数十パーセント上がってきています。SSP単価上昇の主な要因はいわゆるプライベートエクスチェンジやDMPを利用した販売によるものです。

有園:プラットフォーム・ワンのSSP「YIELD ONE®」ですよね。

徳久:はい、プライベートエクスチェンジを開始した直後から平均単価があがり、リリース当初と比べると現在では1.5倍近いかもしれません。DMPと接続したことで更に単価はあがっています。これは特定の媒体社のお話ではなく、YIELDONE®全体での現象です。

手売りとプログラマティックで収益率は変わる?

有園:御社は純広告を手売りしてそのマージンを得ているわけですが、純広告を手売りするのと、AGあるいはUFRで売るのでは、御社としての利益率は変わらないのでしょうか。

徳久:基本的にはあまり変わりません。

有園:そうすると、御社としては、どっちが市場として大きくなってもいいかなって感じでしょうか。

徳久:そうですね。ただオープンオークション形式のようにパフォーマンスを上げれば単価も上がるということはありませんので、DSP側は利益をとりにくいというのはあります。ただ、純広も含めた全体のセルサイズで見たときは、いまのところ大きくは変っていないと思います。

有園:この市場は、どのくらいの大きさになっているのでしょうか。全体は分からないと思いますが、差し支えなければ、御社の場合、純広告が100だとして、AGあるいはUFRは、どのくらいでしょうか。

徳久:現在はまだ数パーセントですが、広告主も増えてきていますし、これからもどんどん伸びていくだろうと考えています。ただ、媒体社のネットワークをやみくもに増やしてプレミアム性が希薄になってしまうのもよくないので、コントロールしながら拡大していきたいですね。広告主側もデータを熟知して使っている方が増えていて、単純に「いっぱいとれればいいよ」という要望は減ってきています。「もっと効率よくブランディングしたい」という広告主に導入して頂くケースが増えてきています。

有園:「いっぱいとれればいいよ」というのはコンバージョンのことですか。

プライベートエクスチェンジで態度変容をおこす

徳久:コンバージョンです。コンバージョンがいっぱいとれればいいよ、CPAがよければいいよと言うお客様にはオススメしていません。なかなかリーチできていない人とか、自分たちが狙った人たちの態度変容を見たいなど、データを活用することで態度変容をおこしたいということで買っていただくことが多いですね。

有園:ほう。そこが重要ですよね。

徳久:ただ、単純にリーチを獲得しい場合は「Yahoo!ブランドパネル(ブラパネ)」や「LINE」あたりがよく売れていますね。プライベートエクスチェンジはどちらかというと、ファネルの真ん中のあたりの態度変容を促したいオーディエンスに照準を絞っています。

有園:態度変容ということは、ブラパネやったときよりも認知している人が多いとか、好意度が上がっているとか。

徳久:例えば「エンゲージが高まっているよね」とかね。どっちかというと、滞在時間が長くなったとか、そういうところに注目しています。ですから、ライトボックス(LightBox)などのリッチなフォーマットを使っているケースが多いですね。

ライトボックスって何でしたっけ?

有園:普通にバナーを出していますみたいな感じとは違うんですね。

徳久:もちろん、それもありますが、かなりの方々がライトボックスを活用されています。それで、2、3分、動画を見ているケースも出てきています。

有園:じつはぜんぜん詳しくないのですが、ライトボックスって簡単に説明すると、何ですか。

徳久:グーグルさんのGDNのメニューには載っていますよ(笑)。

有園:そうですよね(笑)。すみません。御社の資料に「商材と親和性のある媒体の枠を選定可能」と書いてあるのですが。

徳久:親和性もあるけれど、どっちかっていうと媒体を選べるってことですね。

有園:ライトボックスって、バナーの上をマウスオーバーしたあとに動画広告とかがバーンと出るやつですよね。あれは効果が高いんですか。

徳久:ライトボックスは、ユーザーが納得感のある状態で動画を見てくれるという意識が、広告主さんの中にはあります。一回マウスオーバーしているので、ユーザーが同意の上で確実に意識して見てくれている感じです。

有園:なるほど。単なる自動再生ではないし。

徳久:そうです。またインバナーのようにコンテンツ付近で流れていて意識されていない動画とも違いますよね。

有園:僕自身は、動画が勝手にポーンと出てくるとは思わずにマウスを置いているので「勝手に動画を再生するなよ」って思うことがあるんですが(笑)。

徳久:いちおう、グーグルにもそのあたりは書いてありますが、意識して置いているはずです(笑)。アクシデンタリーではないと。

有園:すみません。勉強不足で(笑)。

徳久:有園さんの場合はアクシデンタリーなのでしょう。

有園:私が古い人間なのかもしれません(笑)。動画というのは、クリックしないと始まらないという意識があるので、マウスを持っていっただけで始まると、ちょっとビックリします。

徳久:そうですね。だから、プレイボタンで始まるものもあるし、それはどっちでも僕らは構わないというか。どっちでもあまり関係がないし、どっちでもいけます。でもまあ基本的に、広告主さんはマウスオーバーをトリガーとした自動再生を要望されますけどね。

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動画を見る人たち

有園:いわゆる静止画のバナーだけでなくて、動画も売れてきていると。

徳久:そうですね。

有園:その背景にあるのは、さっきおっしゃった、コンバージョン目的ではなくて、ブランディングをしたい広告主が増えてきているからということでしょうか。

徳久:そうですね。もっと好意度を上げるとか、そういう目的に近いですね。

有園:この辺の話は、すごく大事だなと思っています。スマートフォン利用者が増え、電車に乗っているとき、女子高生が動画を見ているシーンを目にするのは普通になりました。先日、喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、隣に座っている50歳くらいの男性のサラリーマンがスマホでずーっと動画を見ているんです。「なにを見ているのかな」ってちょっとのぞいてみたら、ゴルフレッスンの動画を見ていました。徳久さんのようにこの業界をよく知っている方ではなく、インターネットやウェブサービスに対して特に高い知見を持たない一般的な方でも、喫茶店でごく自然に動画を見る時代になったんだなと。

徳久:なりましたよね。

有園:それがゴルフレッスンというのが、またなんか。

徳久:分かりやすい。

動画広告市場が盛り上がらない原因

有園:そう!分かりやすいですよね。ただ、スマホの普及なんかの影響もあって、だれもが動画コンテンツを楽しむようになってきている一方で、日本の動画広告市場って、まだまだ発展途上じゃないですか。これはこれまでインターネット広告が主にコンバージョン獲得のための手段として使われてきて、ブランディングのツールとして考えられてこなかったことに原因があるのではないかと思うんです。

徳久:そうですね。それは大きいと思います。ただ、広告主がブランドを築くにあたって、インターネット広告を重視し始めていることは間違いありません。ブランドセーフティを強く意識しているナショナルクライアントは信頼できる媒体で、主に動画などのリッチなコンテンツを通じてユーザーエクスペリエンスを阻害することなくユーザーとのコミュニケーションを取りたいと考えています。また、まとまった量のインストリーム広告が流せる媒体はYouTubeがダントツですが、ひとつのペイドメディアやフォーマットだけではブランディングは難しいので、他のメディアやオウンドも含めて、様々な動画フォーマットを活用してくことになるでしょう。

ブランディングのお金が媒体社へ流れていく

有園:ブランディングでのお金が、媒体社の方に流れていくことになるので、そこがより儲かる要素なのかなとは思っています。

徳久:そうですね。

有園:いわゆる純広だけでは解決できなかったものなのかは僕もよく分からないのですが、今回のAGやUFRといった領域で、ブランディングのお金が入ってきて動画広告がとれ、ブランドセーフティでブランドが喜ぶ、媒体社が儲かるというサイクルができると、別に、テレビとかを敵対視しているつもりは全くないですが、テレビとかに使われているブランディングのお金が、ネット広告市場に流れてくるのではないかなと思います。

徳久:そうですね。

有園:そういう風に、徳久さんたちも、きっと思ってやっているんだろうなと。

徳久:もちろん、意識してやっていますよ。

有園:そうすると、テレビ局とかも、2015年から見逃し視聴で放送番組コンテンツをインターネットに無料で流すみたいない話が出ていますし、ゆくゆく、これはテレビのブランディングなのかネットのブランディングなのかは関係なく、広告主側にとっても、テレビ局とか新聞社とかにとっても、紙はもう未来永劫続くか分からない状況になっているので、こういう市場をきちんと育てていくことが大事なのかなと思っています。

徳久:そのとおりです。

ブランディングに役立つネット広告

有園:結局、プライベートエクスチェンジがなぜ重要なのかというと、ブランディングに役立つネット広告というものを作っていくからだってことですよね。

徳久:広告主の視点で言うと、そういうことですよね。どっちかというと、ネット広告は安いものを上手く買えたほうがいいという風潮で成長してきました。「ROIが良ければ最高だぜ」みたいな感じできたけれど、当然、それだけではないことは、かなり明らかになってきています。AGやUFRというのは買い方の話で、広告の手法の話ではありません。だけど、広告主の求めるブランドセーフティと媒体社のプレミアム性というのを担保しながら効率的なブランディングを実現するのは買い付けの仕方、課金の仕方、価格形態というのが当然、重要になってきます。それに応えられるのがプライベートエクスチェンジなんだと思います。

広告枠が先物取引に? 電通・博報堂はゴールドマンサックスになれ!

有園:特定の枠を予約して買うということは、前もって「いくらいくらで、いつからいつまで出しましょう」という取引のディールを決めるということですよね。

徳久:はい。

有園:そうすると、特定の三か月先の価格を今、決めるみたいな話がデリバティブ(Derivatives)の先物みたいな話だということでしょうか。

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徳久:そうですね。

有園:たとえば電通や博報堂のような大手がまとめて三か月先の枠を安い価格で買ってしまい、それを少し高い価格で広告主に売りさばくみたいなことが可能になるのではないかと思っています。そうすると、テレビ広告市場とかって特定の代理店さんしか入れない会員制倶楽部みたいなものですよね。ちょっと極端ですが、会員制倶楽部の人たちが枠を買い占めていて。大量に買うから安く買い占められる。それを、いろいろな広告主に、それもナショナルクライアントを中心とした優良顧客に、実勢価格で売りさばく。そういうことで成り立っている市場だと思うんですよね。

徳久:そうですね。

有園:デリバティブというと金融取引のように聞こえますが、実際は同じようなことを電通・博報堂は、テレビ広告の市場ですでにやっているのではないかなと思っています。実は、インターネットの純広の取り引きも手でやっているだけで、似たようなことをやっている。これをプログラマティックにやることで大量にさばけるようになるのではないかなと思っています。

徳久:可能性としてはそうですよね。

有園:大量にさばけるから先物みたいな取引で利益を稼げる。金融市場でゴールドマンサックスなどの証券会社はマーケットメーカーと呼ばれます。同様に、インターネット広告市場において、電通・博報堂はそのような存在になれるのではないか、と考えています。

徳久:そうですね。結局、テレビの全国ネットワークに入っている広告主って300から500くらいしかいないんです。インターネットの場合、広告主の数がテレビよりも2ケタ、3ケタ多いので、たぶんそれは無理なんです。プログラマティックを活用することでそれがインターネットでもできるようになる。そうなれば広告会社としてはやりたいってことになるし、それは媒体社にとっても一定のメリットがあることなんです。広告の取引が自動化されてより便利になってきている今、ネット広告業界はこれまで進行・管理などに割かれていたリソースをコンテンツや広告のクオリティ向上のために使う風潮が高まっています。また、媒体社としても三か月先に、これだけお金が入るということが分かっていれば、非常に収益は安定します。そういう意味でいうと、お互いにメリットのある話だと思います。

プログラマティックというか、データオリエンテッドにコンテンツや広告をユーザーに合わせて配信していくということは、ユーザーメリットもあるはずです。もともと広告の価格は需要に応じて変動すべきなのに「CPAいくらです」という売り方にそもそも無理があると思います。それがある意味、進化して良くなると僕は思っています。「デリバティブ」という言葉にはネガティブな印象があるかもしれませんが。ある意味、先買いをして一定の収益を確保した上で、適正な形で広告主さんに分配していく。そうすることで、効果や価値がなければ代理店さんも責任を取らなければならない。そっちの方が健全だと思いますけどね。

このような広告取引の形はプログラマティックがなかったらできなかったわけで、僕はすごくポジティブに捉えています。まだまだ、そのレベルにはいけていないので今後はさらにサービスを向上させていければいいと思います。

有園:いま「1インプレッションはいつでも1円です」という世界に僕らは慣れてしまっているので、それが普通だと思っているのですが、それがある種、一配信の価値をゆがめているようにも思います。

徳久:そうですね。

プログラマティックがもたらすメリット

有園:そういうところが僕はすごく大事だと思っていて。個々の取り引きがリアルタイムなのか先物取引なのか分かりませんが、需要と供給に応じて柔軟に価格が変わっていくということですね。ここがポイントなので繰り返しになりますが、インターネットの世界では媒体社の数も多いしそこに付随する広告枠の数も多いし、そして、広告主の数も多いので、プログラマティックで機械じゃないとできない形であって、そして、それによって、かなりのメリットが業界としてあるはずということですよね。それは、テレビ局や新聞社などにとっても、インターネットの世界で収益を上げるために意義がある取り組みだと思っています。

徳久:そうです。僕らは2005年にアメリカのRevenue Science(現、Audience Science)の技術を活用して行動ターゲティングを日本で最初に始めました。そして、2006年に「impActネットワーク」で行動ターゲティング広告ネットワークを開始しました。すべてのインプレッションが同じ値段っていうのは、そもそもおかしいという考え方に、すごく共鳴したんです。

ただ、当時は、まだ早すぎて、広告主も媒体社も、よく分からなかったみたいで大変だったんですが。プログラマティックになって、ようやくそれができる、リアリティが出てきました。そういう意味では、ほんとうに「ようやく」ですよね。10年近く経ってようやくできるようになったぐらいの世界です。僕としては「待っていました」って感じなんですけどね。

媒体社がすべきこと

有園:媒体社視点であらためて伺いますが、そういうプログラマティックなプレミアムな枠の取り引きができるようになってきたとき、そのシステムを媒体社が導入するだけでは、なかなか儲からないということでしょうか。

徳久:そうですね。

有園:徳久さんは媒体社を啓発していく立場におられますが、媒体社は何をしていけばよいのでしょうか。

徳久:やはり自分の媒体にきているオーディエンスを、もっと正確にとらえることが大事だなって思います。

有園:となると、日経IDのような、媒体へやってくるオーディエンスを把握するCRM的なものとかを用意するということでしょうか。

徳久:日経グループさんは、自前のDMPみたいなものを持っていて、以前からそういった取り組みをしているので自社のオーディエンスをよく理解していますね。有料会員というところまで踏み込まれているからこそ、そこまでできるんだと思います。

媒体社がなんとなくの思い込みで自社の媒体価値をとらえるのは意味がないと思います。当然、またコンテンツによってもオーディエンスが違うし、視聴態度も違う。そこをきちんと把握した上で、その価値を正確にとらえていくことが、まず第一歩かなと思います。

有園:媒体社によって、実は、広告枠の在庫管理がきちんとできていないという話があったりして。そこからではないかという話もあるかと思います。

徳久:そうですね。

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ホリスティックアプローチとは

有園:その手のことって、例えば、アドサーバを入れたら解決できるものなのでしょうか。僕は、広告を売る側にはいましたが、いわゆる媒体収益を上げる側の仕事をしたことがなくて。例えば、グーグルのDFPを入れれば、ある程度は解決するものなのでしょうか。

徳久:もちろん、DFPだけで解決するとは思っていません。確かに、GDNで非常に効率よく、かなりの単価で売れるという現実もあるので、それも一つの手段だと思います。ただ、純広の概念でいったときにDFPだけでいいかというと、たぶんちょっと無理があるんですよ。

有園:たしか、その辺の話はホリスティックアプローチでしたっけ。

徳久:はい。たくさん買ってくれるからといって単価を下げて売ると媒体は損してしまいます。予約の受け付け方によって、収益は大きく変わってくるんです。それって、結構前からある概念で、例えば飛行機のフライトの値段なんかもすごく緻密に計算された価格を設定していて、ホリスティックアプローチができています。このタイミングならこの価格と全部計算されています。

早い段階で安く売ってしまったら、後から高いものを入れられない。高く買って頂ける優良顧客を入れたほうが良いに決まっています。ですから、一部のプレミアム媒体では仮予約のような仕組を持っていますよね。このようにインテリジェントにやっていくことで単価も守られるし、全体収益も守られます。DFPは配信に重きを置いており、この辺はカバーできていないと思います。予約の取り方や売り方で単価も大きくかなり変わってくるのですが。

有園:なるほど。

 

売り方を管理する

徳久:マス媒体によくありがちなんですが、スポーツ面はこの営業さん、企業面はこの営業さんと担当が分かれているじゃないですか。売り方は営業さんに任せていて、その上司も詳細はよく分からないということがあったりして。

2008年にマイクロソフトが買収した広告収益を管理する「ラプト」というソリューションは、媒体営業担当の売り方を管理して収益向上を図るものでした。

有園:売り方を管理するというのは、営業Aが安く売ってしまった。その後に、営業Bは10パーセント高く売れる案件があるとする。それを管理して、10パーセント高いなら、後から入ってきた10パーセント高い方を優先しようよってことでしょうか。

徳久:そうです。ラプトは、そこまではやっていなかったと思いますが、営業マンの成績をグロスだけでは評価しないということです。グロスだけで評価すると、単価がどんどん下がっていきます。

それは、ネットのページビュー信仰みたいなのが、まだ影響しているんだと思います。「ページビューが無尽蔵に増えます」という前提でやっていくと、単価が下がっても、グロスが増えていくからOKじゃんみたいな話になってしまう。

でも、そうはいかない時代がついにやってきたので、売り方が結構大事になってきます。営業さんが実際、どんな単価で売っているのかを管理することも大事ですが、それをアドサーバ側でホリスティックに管理することで、予約を受け付けるべきか否かというところからコントロールしていくのです。

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有園:それは、御社のアドサーバであればできるのでしょうか。

徳久:はい、現在数社の媒体でトライアルの段階です。

有園:いわゆるアドサーバがあって、SSPがあってという形になるのでしょうか。

徳久:基本的にアドサーバ側でどの媒体にいくらで渡すかをコントロールします。また固定単価で販売するプライベートエクスチェンジにも対応する必要があるので、オープンオークションしかできないSSPではダメですね。

有園:そうすると、いわゆるプレミアムと言われる枠に対して、AGでくるのか、UFRでくるのか。

徳久:加えて純広告も含めて、予約の仕方、在庫の渡し方、それぞれきちんと管理できるといいよねということなんで。単純に、SSPに渡しましょうというのが最近ちょっと流行っていますが、それだけでは単価の下落を招いてしまいます。やはり、プレミアムな媒体価値を作っていくためには、全体的(ホリスティック)な視点で考えていかなければならないんで、そこは僕らが強く意識して取り組んでいるところです。

安く売り渡さない

有園:いまおっしゃった、アドサーバでホリスティックに管理するということと、媒体社側がDMPを導入して、あるいはCRM機能をもって、データドリブンをきちんと進めていくことは、どっちが大事なんでしょうか。

徳久:両方ですね。例えば、criteoさんのパフォーマンスや収益は高いですが、媒体社にとってはオーディエンスごとのCPCやCPMがいくらなのか、全然わからないわけです。だから媒体社はそのオーディエンスの価値を把握して、根拠なく安く売り渡さないということが大事なことの一つですね。

有園:安く売り渡さないために、予約管理もするし。

徳久:常にオーディエンスの価値を把握することが大切です。そうすることで、適正な値付けをすることが可能になります。広告主にとって1万円の価値があるオーディエンスを100円とかで渡してしまうのは、おかしいのではないかなと僕は思いますけどね。適正な価格で販売しないと、良いコンテンツが作れなくなります。コンテンツの価値が低下すると、広告主は良いオーディエンスを見つけられなくなりますよね。

有園:アドサーバを導入してきちんと売り方を管理することと、DMPを導入してオーディエンスの価値をきちんと管理できるようになることが大切なんですね。

徳久:媒体社が誰に、いくらで、いつ売るべきなのかを、オーディエンスデータを活用して判断すべきです。予約の取り方に関しても、渡し方が正しいのか、シミュレーションに近いですが、そのシミュレーションを正しくやらないと、勘だけで商売することになってしまう。コンテンツの価値に見合う適正な値付けを行っていくことが大事です。これまでのように枠だけで価値を守るのは無理があると思っています。枠にベースの価値はあるけれど、オーディエンスの価値を加えて、個々のインプレッション価格を決められるようになっていくでしょう。ですので、僕らが媒体社にDMPを導入するときは、深い分析に基づいたオーディエンスレポートをお出ししているんですよ。単なる配信レポートとは全然違います。

有園:それは媒体社に出しているんですか。

徳久:広告主と媒体社の両方に出しています。そういうことをやっていかないと、「それなら純広でいいじゃん」ということになってしまう。これまでの媒体社レポートはインプレッションとクリックしかない。今はちゃんとデータでお互いに理解しあわないとダメな時代になってきたし、それに対して僕らが応えていくべきだと思っています。

有園:実は結構、DMP市場をつくっていく際には、御社みたいに媒体社と広告主の間を仲立ちするメディアレップという立ち位置の会社が、ある種、会員制倶楽部の元締めみたいなものですよね。特定の媒体社の特定のプレミアムな枠を持って、特定の広告主が取り引きしますという。そこを作っていく人たちが、実は一番大変なのかなって思っています。

徳久:それが生業ですから、やって当然ですね。ディスプレイ広告商品の販売は原則レベニューシェアでビジネスしているんで、単価が高いほうが取引効率が良いのです。安くて誰も得しないというか。もちろん、広告主にとって価値があわないものは買われないという話になります。ただ、その値付けの理由をロジカルに説明できるよう僕らは強く意識しています。

有園:きょうは、本当に勉強になりました。長い時間、ありがとうございました。

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《対談者プロフィール》
デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社
徳久 昭彦
取締役 常務執行役員 CMO

2001年 デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC) に入社。
日本のネット広告おける代表的メディアプラニングシステム ”AD-Visor”、国内最大級の配信量を誇るアドサーバ ”FlexOne®”、約1兆レコードを処理するDMP ”AudienceOne®”など、独創的かつ強力なアドテクノロジーの開発を指揮。加えて、リッチメディアやスマートフォンなどの海外先端ソリューションの研究開発および日本導入を推進。
2011年 プラットフォーム・ワン設立に伴い、代表取締役社長に就任。
国内初の本格的DSPである”MarketOne®”、SSPである”YIELD ONE®”を開発し、RTBによるディスプレイ広告取引の普及と発展に尽力。
現在は、DACのCMOとして新規プロダクトやビジネスモデル開発を牽引しつつ、ユナイテッド、博報堂アイ・スタジオ、メンバーズなどグループ会社や投資先のボードメンバーを兼任。 「改訂版ネット広告ハンドブック」(2013年)などの執筆を行うかたわら、デジタルマーケティングセッションへの登壇も精力的に行い、業界の成長・発展に寄与。
愛犬パーシー(柴犬4歳)との散歩が趣味。

 

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