運用型広告に携わってきて学んだこと。夢を見ながら現実に生きる

運用型広告に携わってきて学んだこと。夢を見ながら現実に生きる

アタラ 広告代理店運用強化トレーニング
多くの広告マンはロマンチストだ。大きな仕事を狙い、イノベーションの当事者となり、真に世の中のため、顧客のために役立つ人間になりたいと思っている。だが、その気持ちを大切にしつつも、勇み足になる前に少し冷静に考えてみる必要がありそうだ。

 

なぜ大きな課題は解決されず、そこにあり続けるのか

自分のデジタルマーケティング業界のキャリアはSEM、サーチエンジン周りの仕事から始まり、統合マーケティング、DMP、デジタル文脈での事業リビルド支援とキャリアを進めてきた。キャリアを進めるなかで、次第に扱う仕事の範囲が広くなってきたが、その中で感じたことを中心に書いてみようと思う。

 

大きな仕事を進めるうえで、論理的に正しいことと、実際に実現可能なことは結構違うということを理解すべきだ。

 

大きな絵、大きな仕事はそれ自体に大きな引力があり、魅力的だ。だが、今の大きな仕事は広告、事業計画、エンジニアリング、ファイナンスなど複数の専門家を必要とする多面体になっており、また事業主サイドでも複数の組織にまたがって課題が横たわっていることが多く、それゆえに解決されず大きな仕事や課題としてそこに残されている

 

デジマケ界隈では「デジタルで○○が世の中を抜本的に変える!」みたいな話が浮かんでは消え、ハイプサイクルとして様々な取り組みやバズワードの栄枯盛衰が可視化されてきた。これら多くは登場した際に熱狂的に市場で支持されたが、その後大多数は今では無かったことのようにされており、イノベーションの賞味期限は短く、こういった課題の解決は難しく、実践への道は遠く長いことがよく分かると思う。

 

こういった仕事に真摯に向きあえば、そのハードルの高さにうんざりし、論理的に正しいはずなのに、本質核心を突いているはずなのに、なぜうまく行かないのか悩むことになる。そして大波が引いた後、道化師にならないよう、うまくポジション取りをしようとする自分がちょっと嫌になったりする。

 

コーヒーとPDCA

こういったことに対するアプローチとして、ある意味逆の取り組みもできると思う。一つ目のアプローチは、今の立場で、アセットで、技術でできることに徹底的にフォーカスし、一見地味で遠回りなことを一生懸命やっていき積み上げていくというアプローチである。小さな成功が次の機会を呼び込み、その機会に上手に乗り渡っていくことでいつかは高い壁を乗り越えようというアプローチである。わらしべ長者方式と言っても良い。

 

自分はコーヒーが好きで、ここ十年くらい自分でコーヒーを淹れている。ほぼ毎日2~3杯のコーヒーを淹れているので、延べで言えば数千~一万回前後コーヒーを淹れている計算になるが、「自分の好きなおいしいコーヒーを飲むこと」を目的として、そのための手段としての変数は「コーヒーの銘柄(多くは産地名)」「豆の品種(ブルボン、カツーラ、ゲイシャ、ティピカ等)」「精製方法(ナチュラル、ウォッシュト、発酵方法等)」「焙煎(深さ、焙煎してからの経過時間)」「ミルの粒度」「お湯の温度」「蒸らしや抽出の回数や投入する湯量、時間、タイミング」などがある。これら変数を組み合わせてPDCAを回して、自分の好きな味のコーヒーを淹れているのだ。PDCAの積み上げにより、十年前と比べて相当うまく作れるようになり、また自分の好きな味に着地させるための係数設定もイメージできるようになった。しかし、それでもプロがネルドリップで淹れてくれるコーヒー専門店の味にはまだまだ達していない。

 

ここで重要なことは、自分のできる範囲で、コントロールできる変数を用いてベスト(に限りなく近い)の味に近づけるというアプローチである。これら変数の一つを変えても味の違いを感知できるようにはなった。だが、体調や気分で淹れたいコーヒーの味は変わるし、ネルドリップをすればプロの味により近づける事も可能とは思うが、ネルの管理やコストが素人のコーヒー趣味の範囲を超えてくるので、あえてここで線引をしているのである。また、毎日飲むコーヒーとしては、プロが淹れるコーヒーは濃厚すぎるので、自分でドリップで淹れるコーヒーがちょうどいい塩梅と思っている。

 

プロの味と日常の味は共存する

二つ目のアプローチとして、大きな仕事、課題、大きな夢を逆算して分解し、何を網羅すべきか、構成要素がどういった関係になっているか、誰を巻き込むべきか、どのような順番でやっていくかの骨組みを整理言語化し、自分が役立てるパートと他の人の力を借りるパートを切り分け、全体の進行管理を用意周到にしたたかに準備するというやり方がある。

 

広告畑出身の人間の習性として、「まるっと全て私どもにお任せください!」とつい口を滑らしてしまいそうになる。またお客様(上司の場合も)からの要望に対する答えは、「はい」か「Yes」の2択だ!という文化があるため、最も成果につながりやすい分業ができなかったり、役割や責任の割付や整理があいまいになりやすい。プロジェクトを成功させるために必要なことは、まるっと上げ膳据え膳で対応することではなく、やるべき人間がやるべき役割を行い責任と権限を正しく割り付けること、刻々と変化する状況に合わせて柔軟に、合理的で率直にコミュニケーションしていくこと、全体を俯瞰できる人間がしっかり各メンバーをサポートすることであるが、実現までの距離は遠い。

 

コーヒーの話に戻すと、自分は自分で淹れるコーヒーを愛しているが、同時にプロの淹れてくれるコーヒー専門店に行くことも大好きである。コーヒー専門店にいくと、マスターの手元が見えやすいカウンターに座ることにしている。うまいコーヒー専門店ではネルを使って、自分が使う3倍くらいの豆を投入して大きめに挽き、ぱっと見複雑に見える手順でコーヒーを淹れていく。お店によって味は違うが、やはり自分が淹れるコヒーとはぜんぜんレベルが違い、味、香り、雑味の無さ、なめらかな舌触り、長い後味の余韻がある。手間と技術、コストが掛かっていることがはっきりとよく分かる。

 

自分は、自分で淹れる日常のコーヒーと、たまに飲みに行くコーヒー専門店のコーヒーは、共通項はありつつも、ほぼ別の飲み物と解釈している。言い方を変えると役割分担しているとも言える。自分の淹れるコーヒーのレベルを引き上げるために、ベンチマークするためにプロのコーヒーの味や淹れ方を参考にするが、同時に自分の手の中で試行錯誤できる範囲に留めているのだ。日常のコーヒーは継続的にPDCAし、上を目指す。専門店のコーヒーに対しては、敬意を払い自分の技術向上のため、つまらない思い上がりを防ぐために参考にする。この両者が揃ってこそ、豊かなコーヒー趣味が成り立つと思っている。

 

コーヒーも課題解決も運用だ

大きな仕事を進めるうえで、論理的に正しいことと、実際に実現可能なことは結構違う、と冒頭に書いた。コーヒーの話に例えると、論理的に正しいのはプロのコーヒーの味により近づけようと、ネルの管理をきちんと行い、大量の豆を贅沢に使う取り組みを始めることかもしれない。ただし、現実的な実践を考えると、ネルの管理をするために仕事を途中で抜け出したり、大量のコーヒー豆を使うということは現実的選択肢ではない。また毎日飲むコーヒーとしてプロの味は強すぎ重すぎる。

 

自分の手の中でコントロールできる範囲でも無限大に近い試行錯誤は可能で、数千回のドリップを経た今でも、まだまだレベルを引き上げる余地は十分あると感じている。そして、改善のヒントや示唆を得るため、この先もコーヒー専門店に足を運び続けるだろうと思う。

 

スモールスタート、セルフサービス、継続的な改善、合理的なコミュニケーションと役割分担、そして理想の追求。今の時代文脈の中で、こういった所が大きな仕事、大きな課題解決にあたって成功の鍵となるような気がしている。そしてこれは、運用型広告に携わってきて学んだことの一つでもある。

 

※本記事の内容、所属等は公開日時点のものです。

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