新卒で初めての会社に入社したての頃の話です。

第一希望の通信会社に入り、大口顧客営業部への配属となりました。
どちらかというと僕は学校は早く卒業して、早く働きたいというタイプでした。研修が終わって、業務について、仕事を教えてもらいながらこなしていく。
仕事をしている、ということだけで楽しくて仕方がない時期でした。

その会社は今は日本の大手通信会社の一つですが、当時は長い独占状態が終わり、市場に競争原理が導入された直後でした。つまり競合会社が出てきたわけです。
といっても当時は2社、新規参入してきました。サービス面でいうと、さすがに強固なインフラを築いてきた所属会社には簡単には追いつけるものではなかったのですが、魅力的な価格を提示し、一部顧客が取られはじめていました。

「競争慣れ」していなかった会社ですから、ちょっとアタフタしたかもしれません。でも、新人の目からしても、なんとなく悠然と構えている感じがして、これでいいんだっけ?と思いました。

でも、とりあえず、早く一人前にならなくては、とガムシャラに与えられた仕事をこなす毎日でした。

しばらくして、10歳以上のT先輩が声をかけてきました。「ゴーくん、サークルやらないか?」と。
ゴー「サークルってなんですか?」
T先輩「まあまあ、楽しいから。」

内容もわからず(半分断りきれず、半分は好奇心もあり)、承諾しました。
もう一人、僕の1年先輩のY先輩も引き込まれていました。
3人のサークルが始まりました。

何のサークルかというと、
「僕らは営業だけど、お客さんのこと全然知らないよね。もっとお客さんのことを知った上で営業できるようにしよう」
という話でした。簡単にいうと、営業分析。お客さんのご利用状況やポテンシャルなどを知るための営業データが何もない、という状況だったのです。
1991年でしたから、ちょうどDynabookなるノートパソコンが世に出始めて、私がいた部は他のチームよりも早く配布されました。でも、LANもない頃で(もちろんインターネット前の時代です)、ワープロソフト(一太郎)と表計算ソフト(Lotus 1-2-3)だけは入ってて、あとは適当に使ってね的に、無責任に配布されたのです。

T先輩としては、このパソコンで何かできそうだし、営業のスタイルを変えないと、と思ったんでしょう。もともと技術者だったので、自分たちで何かできる、とも思ったんでしょう。

営業データが完全になかったわけではないのですが、お客様毎の請求データはIT部門が管理するメインフレームコンピュータにありました。T先輩がIT部門と話をつけて、このデータを毎月定期的にもらえることになりました。

当時のメインフレームコンピュータは各社とも独自仕様で、データはそのままパソコンで使えるものではありませんでした。つまり変換が必要でした。最初のステップである変換部分を僕が担当することになりました。

パソコン向けにデータを変換できても、ただのデータの羅列ですし、整形が必要でした。リレーショナルデータベース(当時はBorlandのdBase3 plus)を駆使して、データをきれいにするのはT先輩の担当でした。

整形できたデータをマクロによる自動処理にかけて営業のABC分析(それぞれの売上構成費からA〜Cランク付けするという簡単なもの)のグラフを出力するというのが最終工程で、Y先輩がマクロ作成を担当することになりました。

繰り返しになりますが、この時代はインターネットがありません。検索できないわけです。パソコンも一般に普及しておらず、情報が極めて少ない時代です。しかも、みんな素人。案の定、簡単な道のりではありませんでした。

データベース部分、表計算部分をとにかく書籍を頼りに独学で、試行錯誤をしていたようです。
T先輩の本は全ページにビッシリと書き込みがされていたのを今でも思い出します。T先輩の集中力は驚異的でした。すごいと思いました。

僕は僕で最初の工程なので、使えるデータにできないと、そのあとに引き継げない、ということで意外とプレッシャーでした。とにかく秋葉原のパソコンショップに行って、変換ソフトはないか探しました。今では当たり前にあるソフトも、当時はなかったわけです。

当時パソコンに精通している人を中心に、パソコン通信というものはあり、そこのフォーラムという、今でいうソーシャルメディアのグループとかコミュニティのようなものですね。そこにいってしらみつぶしに探しました。で、ようやくあるソフトを探し出したわけです。秋葉原に行って購入してきました。で、実行してみると、7割は変換できたのですが、3割は文字化けする。どうもチューニングが必要だったようです。で、これも調べに調べ、試行錯誤を繰り返し、1ヶ月かかってようやく完成。ちょっとした思いつきのトライでうまくいったので、アウトプットがうまくいったときはさすがに「やった!!」とオフィスにも関わらず歓声をあげてしまいましたw

全部で3ヶ月はかかったと記憶しています。システムのネーミングは最初から決まっていたかもしれませんがw、当時営業部員は「アカウントマネージャー」という役職名だったので、「アカマネプラス」という名前をつけました。

アカマネプラスは最初自分たちの課に導入しました。当時の課長さんを含め、みんなデータの見方とか使い方が正直わからなかったと思います。でも、やはり営業ですから、お客さんのことは気になります。わかってくるんですよね。どこがトップかとか、どこが伸びているとか、どこがテコ入れ必要か、という感じで、営業にプライオリティがつけられるようになったわけです。

先輩2人が人事異動で去ったあと、僕がバージョンアップを何度か担当しました。僕はその後、父の会社を手伝うために辞めることになったのですが、その後も他の課でも使ってもらえるようになったという話を聞き、小規模でシンプルながらも、あの会社の最初の営業情報システムを作ることに関われたことは、個人的には大きな成功体験となりました。あの体験は20数年経った今も仕事に活きています。

学んだことは、いくつもあります。とことんやれば道は見えてくることが一つです。あと、一番大きかったのは「仕事って自分で作るんだ」という感覚を早めに得ることができたことかと思っています。特に若い頃は成功体験を得ることで(大きくても小さくても)、その後の成長に大きく寄与するのだと思いました。その後の会社でも、自分が先輩や上司という立場になってから、なるべく周りに成功体験を得てもらうこと、その体験や環境を提供することを心がけています。もちろん自分も!

昨年、アカマネプラスサークルの同窓会をしたのですが、当時のいろいろなことを思い出し、とても楽しいひとときでした。
あの時、声がけしてくれたT先輩、伴走してくれたY先輩には本当にお世話になりました。短い会社生活でしたが、一生の財産をあの2年間で得ることができたと思っています。

2017.09.06