東京電力の検針員さんを見かけたことがあるだろうか。

ピンクのユニフォームを着た、どちらかというと女性の方が多い。

東京電力には約5000人の検針員の方がいると言われている。検針員の数だけではないが、実は世界一の電力会社なのである。一人一人が担当地区を持ち、毎月電力メータの利用量を検針に行くのだ。過去は手書きで記録していたのだが、1990年代からはITが導入され始めた。検針情報を記録するための携帯コンピュータであるハンディターミナル、その場で検針票を印刷し、各住宅に置いていくための携帯プリンター、バックエンドのシステムで構成されている。

私の父の会社が米国の製品を担いで東京電力に世界最大規模の検針システムを導入したのは1990年半ば。当時私も手伝うことになり、勤めていた電話会社を退職し、父の会社に加わり日々格闘していた。ベンチャーブームの前で起業環境は最悪。世界ではシェアトップだが、名前も知られていない米国の片田舎の会社の商品を売るのは想像以上にキツかった。日本はそうそうたる電子機器メーカーが参入していたので、価格的にも政治的にも大変だった。米国製品の日本へのローカライズも苦労した。開発は一筋縄にはいかなかった。お客様も要望も高かった。結果的に独自の携帯型プリンターを開発し、水に濡れてもにじまない特殊加工紙は協力してくれた用紙メーカーが特許を取得するほど先進的なものになった。

私は米国の会社に対する営業、貿易がメインだった。1年の1/3は米国の会社に交渉にし行ったり、米国の導入サイトに日本のお客様を視察していただくことをやっていた。全米50州あるうちの36州を回った。恐らく米国の方が平均的に訪問する数を大きく上回っていると思う。蛇足だが、死ぬまでに50州は制覇しようと密かに企んでいる。正直、下手なツアコンよりも一人で企画、通訳、案内など何でもこなせる。日本人向けのツアーなんておもしろいかもしれない。

若かさで凌いだが、それでも激務の中で身体も壊した。何度か倒れたり、円形脱毛症で髪の毛が全部抜けたり。本当に色々なことが起きた。でも売った。規模が規模だけにすごい金額だったし、金額以上に世界一のシステムを手がけることに誇りが持てた。それまで数年間の苦労は吹っ飛んだ。そして、日本の電力、ガス、水道などの公益企業のIT化を推進するきっかけになったといっても言い過ぎではないと思う。

10年以上経った今も、何度かシステムのアップグレードはしたが、そのシステムは使われている。私の父は東京電力への導入後、亡くなってしまい、その会社も人手に渡ってしまった。私も別の会社に再就職し、今は全く関係のない仕事をしている。でも、たまにピンクのユニフォームの検針員さんを見かけると、必ず目が行くのは手元のハンディターミナルと腰に付けている携帯型プリンター。以前父が手がけたシステムが今現在も使われていることに誇りを感じると同時に、あの時の凄まじい経験が今自分を形成しているのだと再確認し、当時に比べれば今なんてお遊びのようなもんだ、がんばろう、とまたやる気になるのだ。

東京電力の検針員の皆さん、日々暑いですが、お身体に気をつけてがんばってください。ずっと応援し続けます。

杉原剛

2010.08.27

1 Comment

  • いい話ですね。そういう気持ちってだいじですよね。仕事にプライド持つことは、やっぱり一番大事なことじゃないかな。

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