さて、どこから語り始めればいいのだろう、という感じです。

つい先日、2014年1月15日は旧オーバーチュア株式会社の同窓会でした。2012年9月に第1回目を開催しました。その際かなり盛り上がったので2回目を企画しました。総勢70名。古くは2001年の設立時にいた人もたくさんいました。買収後のヤフー社で引き続き活躍する人は随分出世もしました。卒業生のほうが多くなりましたが、主にデジタルマーケティングの各方面で活躍する人が多く、誇りに思っています。


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懐かしい出会いあり、笑いあり、涙ありのとてもいい会になりました。
そこでのエピソードを少しシェアしたいと思います。少し過去を振り返ります。

私自身は2002年のサービス開始前に入社し、2007年まで在籍していました。事業の立ち上げを経験したわけですが、大変貴重な体験でした。

オンラインマーケティングに詳しい人の中にはオーバーチュアのサービスを心待ちにしてくれていた人も少なくなく、サービス開始前から見積もり依頼がどんどん入ってきてました。当時はまだ数十人の組織。Biglobe、Infoseek、goo、Exciteなど初期の掲載パートナーも一通り揃い(ヤフーは当時は完全に別会社だったので、ヤフーの検索をおさえるためにグーグルさんとしのぎを削ってました。50/50トラフィック時代はもはや有名な話ですね)、サービス開始。すぐに見積依頼は山積み、広告主も次第に入ってくるようになり、日別売上を追っていたのを憶えていますが、あっという間に売上0円からすごいことになっていきました。

初代社長の故鈴木茂人さん(愛称Shig)はいわゆるnatural-born leaderだったように思います。自然とリーダーシップを発揮する方でした。広告ネットワークビジネスはbuy-sideとsell-sideの絶妙なバランスがないと成り立たないと思います。なので、事業経営者としてのバランス感覚はかなり必要だったと思います。商社マンが長く、その後、ITビジネス、オンライン人材マッチングサイトなどで活躍した後、オーバーチュアの初代社長を努めたわけですが、広告業界では経験がなかったにも関わらず、ある種特殊な日本の広告業界での戦略は非常に的確でしたし、いち早く認定代理店制度を考案し、企画からわずか1−2ヶ月でロンチさせました。その後の業界における代理店制度の見本になっていると言っても言い過ぎではないと思います。今、トップクラスのアイレップさん、オプトさん、セプテーニさん、サイバーエージェントさん、NIKKOさん(現GMO NIKKOさん)などの一番初期からの代理店パートナー各社の経営者の方にはShigはおなじみかと思います。掲載パートナーのリクルーティングも見事でした。オーバーチュアは、ヤフー傘下前は完全に独立したベンチャー企業で、リスティング広告のエンジンをB2Bで提供し、売上シェアで稼ぐのがコアビジネスだったので、オーバーチュアの仕組みを採用してくれる掲載パートナーの新規契約獲得、契約更新は絶えずドキドキが続きました。でも、かなりのシェアを当時は抑えたと思います。キーワードや説明文をお客様に代わって編集するエディターチームも当時は人数が少ない上に、まだノウハウがないので、お客様からの大量の依頼をこなすことができず、苦しい時期が続きました。ただ、これも直属の部下であるDirectorに丸投げするような人ではなく、文字通り陣頭指揮をとって矢継ぎ早に施策をうっていきました。それだけでなくいつも人には気をかけてくれる人で、夜遅くまで仕事するメンバーにShigがお菓子の差し入れをよくしてくれたのをよく憶えています。

Shigはとても仕事には厳しい人だったので、どんどん改善する課題をチームに個人に与えました。ただ、とても愛のある方で、できると思った人、成長できる人にしか厳しくしません。課題をクリアできたら本当に自分のことのように喜び、褒めてもらえました。我々ShigチルドレンはShigに褒めてもらいたくてがんばったように記憶しています。

結果、オーバーチュア事業は大成功を収めました。2000年前後はインターネットでビジネスをするのが難しかったのですが、それを検索連動型広告は変えたと思います。それを元々考案したのがオーバーチュア。インターネットはその後様々なものをつなぐマッチングエンジンとなり、多くのビジネスが創出されたり成功したりしました。よって広告業界のみならず、経済にも大きな貢献をしたと個人的には思います。それを日本市場において絶妙のリードで実現した業界の功労者の一人が間違いなくShigなのです。

ShigチルドレンたちはShigの厳しい指導と愛情を受け、成長しました。各人が業界各方面で活躍している理由の一つです。私自身、あの頃Shigに会ってなければ今はないです、確実に。たぶん検索エンジン業界でも仕事してないしアタラもない。特別な経験もないのにポテンシャルだけで雇用もしてもらいましたし、その後も色々教えてもらいました。人生が変わった瞬間です。そういう意味では一生かけても返すことができないほどのものをいただいた人生の恩師です。

そんなShigはオーバーチュアの第一フェーズの成功を見届け、社長を退きました。とても残念でした。もちろんその後も交流は続いていたのですが、ご自身の会社の仕事で渡米した先で、お若くして亡くなってしまいました。日本での送る会には大勢の方が訪れ、Shigが色々な方に愛されていたのがわかりました。とても悲しい日でした。

愛妻家のShigはよく奥様を会社のパーティーなどにもお連れになっていたので社員とも仲良くしていただきました。送る会で奥様の隣にいたのが二人のお嬢様。当時中学生と高校生だったと聞きます。ご自宅にお邪魔しても恥ずかしがって出てこなかったあの二人はもう社会人。びっくりしました。今回の同窓会に奥様はご招待していたのですが、実は奥様からお嬢様を同席させてもいいかと打診が事前にありました。Shigとお嬢様はとても仲が良かったそうでよくコミュニケーションもとっていたとのことですが、会社やビジネスシーンでのShigを知らずに社会に出たので、オーバーチュアのメンバーに少しShigとのエピソードをシェアいただけないか、と。奥様のお嬢様への愛情に心打たれ、それはそれはもう喜んで語れることがいっぱいあるのでぜひ!ということで実現しました。結果、Shigとメンバーとのとても深いエピソードがたくさん共有され、お嬢さんたちには時折涙しながら聞いていただきました。

でも、思うんです。我々メンバーは時々は奥様と話すShigやうれしそうにお嬢さんのことについて語るShigは垣間みてきましたが、ほとんど会社のShigしか知らなかったのです。なので我々は逆に奥様、お嬢様に家庭のShig、夫や父親としてのShigがどんな人だったかと教えてもらった感じがします。本当に理想の「しあわせかぞく」。それはShigが生前にお嬢様に宛てた手紙にある言葉らしく、お勤めの傍らそれぞれ音楽活動をされているお嬢様たちがその言葉をタイトルにした家族についてのオリジナルソングを作りました。そして僕らに披露してくれました。

もう感動でしたよ、そりゃ。今でも泣ける。

オーバーチュアとしあわせかぞくとのエピソードでした。でも、まだこれからもこの関係性は続いていくようにShigがどこからか見守ってくれているようです。
今後もShigがくれたしあわせかぞくとのご縁は大切にしていきたいと思います。

杉原剛

2014.01.17